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別れはいつも、悲しいもの。
はい、こんばんは。月~木までバイトをお休みしたつばきです。

先日Twitterの方に書いた通り、私の母方の祖父が他界しました。危篤になった段階で実家に帰ったんですが、そのときにはもう、病院で呼吸補助装置をつけられた祖父が、静かにベッドに横になっていました。脳内出血でもう意識は戻らないとのことでした。

もともと、9月半ば頃に腸の調子が悪い(腫瘍があった?)とのことで、入院していたんですね。で、その腫瘍自体はうまく取り除けたものの、手術部位の縫合がまずかったらしく、今度は腹膜炎に。そして、その腹膜炎の手術もなんとかうまくいって(7時間にも及ぶ大手術だったとのこと)、あとは退院を待つばかりという状態での突然の脳内出血でした。

お医者さんは原因がわからないとのことでしたが、おそらくはストレスなんじゃないかと。手術続きで精神的にも肉体的にも参ってんだと思います。年も80歳手前でしたから、相当きつかったはずです。

私は危篤になった翌日の朝に飛行機で九州に戻って、父の運転する車で病院に直行したんですが、その日はずーっと病院にいました。ベッド横でうとうとしながら、時折祖父の手を握ったりしながら、脈拍・血圧等の画面(ドラマでよく見る例のあれ)を見ていました。徐々に弱っていく様子を見るのは、少し辛いものがあります。見ている限りでは、すやすやと眠っているだけの様にも見えました。

お医者さんは、いつ亡くなってもおかしくない状態だと言っていましたが、結局その日は昏睡状態ながら乗り切りました。翌朝、私と母と兄は一旦自宅に戻りました。祖母が病院に残りました。その1時間後ぐらいでしたか、祖父永眠の連絡が祖母からありました。朝8時半くらいのことです。祖父は私たちに逝ってしまうところを見せたくなかったのかな?と少し思ったりします。

そこからがどたばたで。まずはお通夜の準備。私もこういう行事は記憶に残ってる限り初めての参加なので(3歳のときに父方の祖父が亡くなったが、覚えてない(苦笑))、いろいろ戸惑いと、言い方が悪いですが新鮮さがありました。湯灌の儀とか、今まで存在を知りませんでしたし、喪服も初めて着ました。

で、通夜なんですが、これでもかというくらい泣きまして・・・w。しかもハンカチを持ってなかったので、溢れ出る鼻水を手で拭いまくる羽目にw。特に母の弔辞は、ステレオタイプなものでなく、とても素晴らしかったです(言い方があれだが)。そして、その後は親戚が集まって軽食。もともと親戚は少ないので、祖母・私の家族・祖母の兄・祖母の兄の娘家族(母の従姉妹の家族)の計10人弱。

夜は、私と祖母が控え室に泊まることになりました。棺桶に入った祖父も一緒でした。湯灌もして綺麗になっていたので、全然死んでる感じがしませんでした。何度も線香をあげ、お参りをしました。ぜひ安らかに浄土に向かって欲しいものです。

次の日は葬式です。葬式前に「おとき」を食べました。恥ずかしながら、おときというものも初耳でした。まぁ肉気の無い普通の弁当という感じでしたがw。葬式でも力一杯泣きました。今度はハンカチを持って、涙や鼻水をしっかり拭きました。そして、いよいよ出棺です。祖父の棺桶の中にいろいろな遺品、花を詰めていきます。ここでの祖母と母の泣く姿は、かなり心に響きました。

火葬場では、淡々と手筈が進んでいきました。1時間半くらい後、祖父の骨が台車に乗って出てきました。普通に見たらびびるくらい綺麗に人間の形をして出てきましたが、これが祖父だと思うと、全然怖くありません。箸で陶器製の壷に納めていきます。係の人の結構雑な扱いには驚きましたが、まぁあとがつかえていればさっさと済ませないといけないのでしょう。その後、骨壷と遺影を持って祖母の家へ。

ついでに初七日も済ませてしまおうということで、斎場の方が、祭壇(?)を手際良く組んで、遺影・骨壷・果物・花等々を乗せていきます。そして、お寺さんが来てお経を読んでいきました。初七日終了後、精進落としということで、祖母と私の家族とでお食事。食事といっても、スーパーで買った弁当や惣菜、から揚げ等でしたが。けどおいしくいただきました。

私は翌日月曜日に東京に戻ってきました。帰る前に、魁龍ラーメンを食べました、相変わらずの旨さ。あとAnimateでローゼン4巻を買いました。蒼星石の久しぶりの登場に、心躍りますw。そして、火~木とバイトを惰性でお休みというね。祖父が見たら怒るでしょうね・・・。現に、ちょっと風邪気味なんです。バチが当たったかなw

最後に。祖父には極楽浄土で心安らかに暮らして欲しいです。結局私はいいところを見せられませんでした、それが心残りでなりません。人間いつ不測の事態に陥るかわかりません。私も、今一度生活を振り返って、反省し、祖父のようにきっちり真面目に生きていこうと思います。いや、きっちり真面目に生きていきます!
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